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vol.1 上坂典子さん その2

Oi-pan interview パン好きの「なんでパン?」をうかがいます。

●上坂典子(うえさかのりこ)さんのプロフィール
石川県小松市生まれ。成城大学文芸学部国文科卒業後、
北陸放送(株)にアナウンサーとして入社。
1998年、北陸放送(株)退社後フリーとなる。
現在、北陸放送やえふえむ・エヌ・ワンなど、
石川県内のラジオの仕事を中心に、
式典・イベントの司会、ナレーターとして活動中。
2000年、2008年と、パリへの「パン旅」経験あり。

その2

情熱と気迫のパリ・パン旅

―    さて、パリのパンは日本のパンとは違いましたか?

上坂・・・湿度の高い日本に比べて乾燥してるので、やはり皮がものすごく固い。私は好きだけど。パリでは「皮は中の柔らかい生地を守るためのもの」と考えてて、捨てる人もいるぐらいです。パリのパン屋さんでは写真も撮りましたが、ものすごく怒られました。「列を乱すな! だから日本人はイヤなんだ」って。

―    1回目の旅では何軒行ったんですか?

上坂・・・6軒です。

―    何時から回ったんですか?

上坂・・・朝8時少し前から回って、食べ歩きしながら観光名所を回って。3食全部パンでした。同行した友達がかわいそうでしたね。2回目の旅のときは、その友達がダウンしました。実は彼女はすごい和食党なんです。

―    うちも私と外出や旅に行くと、パンばかり食べさせるから、かわいそうなことになってます(笑)

上坂・・・パリでは、ビスタチオとジンジャーのパンが一番おいしかったです! 爽やかで大人なパンです。

ビスタチオとジンジャーのパン

何もつけなくてもおいしいんですよ。でもこれを買う時、すごい邪険にされました。「早く行って」って。
これ何?と聞いても、説明もちゃんとしてくれないんです。

―    迷ってると、怒られるんですね~。フランス人って冷たい。

上坂・・・全部が全部じゃないけど、人気店ってすごいんですよ! 人が。

―    みんな迷わず買ってるんですか?

上坂・・・そう、ぽっ、ぽっ、ぽって。たぶん八百屋さんのイメージです。日本でも、八百屋さんや魚屋さんであれこれ悩まないでしょう。「いつものアレね」とか「今日はアレにするわ」とか、やりとりもして買っていく。そんな対面販売の、とってもいい雰囲気の中に「このど素人の日本人が邪魔をして」という感じなんでしょうねぇ。

―    でも初めは誰でも迷いますよ。

上坂・・・パリの人にとってのパン屋さんは「毎日行く場所」だから、「珍しがって見てる」なんていう人はいないんです。みんな気分で「今日はこれにしましょ」と決めてるんだろうな思います。

―    そっか! 毎日だったら迷わなくても、明日そのパンにすればいいんですもんね。 

上坂・・・そう、また明日も来るんだろうなぁ。フランス人にとっての、パン屋さん、八百屋さん、魚屋さんは毎日行くところなんだなぁと感じました。

―    しつこいようですが、フランスで食べるパンって、こっちで食べるパンと全然違うんですか? なんとなく日本で食べるパンは、本場よりしっとりしてるんじゃないかなぁとは思いますけど。

上坂・・・うん、日本ではハード系がハードなまま保たれないですよね。向こうのはものすごいですもん、皮がとにかく固い!唇切って血が出たりしますから(笑)。 それから、味の話ではないけど、日本と圧倒的に違うのは、パンの並べ方です。やっぱり芸術の国。見せ方がお店によって全然違います。日本のお店だとバケットって当たり前に立ってるけど、向こうでは横に入れてあったりする。バンバン売れていくから、横に置いたほうがたくさん入るのかもしれないけど・・・。
そんなパン屋さんの ディスプレイを見るだけでワクワクしてくるんですよ。ざーっと血が逆流するというか。「人が変わる」と友人からも言われてますけど。

―    その感覚、わかります~ 私は日本のパン屋さんでも逆流してます。

上坂・・・でも、パリのパン屋さんは一見すると、パン屋さんだと気づかないほど、さりげないですけどね。
この1回目の旅の後には、パリのパン屋さんについて「ジョアン」のご主人に講座を頼まれて、アルバムを作ったんです。「職人たちはなかなか海外に行けないから」と。パンの作り方、詰め方、袋などについて、帰ってきてから、皆さんの前でお話したんですよ。

1回目のパリ旅アルバム


―    その「報告しなきゃいけない」という使命感があったからこそ、一生懸命、交渉してまで厨房を見せてもらったんじゃないですか?

上坂・・・違う、違う。パリから帰ってきてから、講座をやってくれないかというお話があったんですよ。厨房を見せてもらったのは、使命感からでなく、純粋に私の情熱からです(笑)

―    やっぱり、すごい。

上坂・・・その頃、よく家庭画報などでも紹介されてた「プージョラン」にも行ってきたので、「ジョアン」の方々にもうらやましがられました。職人さんもお店もすごく素敵! 店内の写真がNGだったのがだったので、残念でしたけど。日本に出店するという話もありながら、ダメになってしまったりと、いろいろ話題も多いお店でした。

プージョラン店頭で

※インタビュー後に知ったのですが、上坂さんがこの時会った人物は、
なんと伝説の天才パン職人、ジャン=リュック・プージョラン氏!
今は完全注文制のお店になっており、そのパンは入手困難なのだとか


―    10年ぐらい前は、日本のパン職人さんたちは、まだ海外に出ることはあまりなかったんですかね。

上坂・・・そうだったと思います。パリの人気店「ポール」や「ジェラール・ミュロ」も、まだ日本進出してなかったし。ハード系というものが、まだ日本には根付いてなかった。
だから、ほんとに「ラ・フィセル」(※その1をご覧下さい)のパンは珍しかった!
この頃からハード系パンが、バーっと一気に広がった気がしますね。

―    「ラ・フィセル」のパンは「まだみんなが知らないパン」という雰囲気がありましたよね。

上坂・・・そう、自分ひとりで食べて、おいしくて感激してた。
「なんでこんな固いパンがおいしいのか、わかんない。顎が疲れるけどおいしい」って。

―    それにしても、「ラ・フィセル」で働いたり、パリ・パン旅に出かけたり。ほんとにすごい情熱! その上、ラジオでパンの番組もされてたんですよね。

上坂・・・ええ、私がアナウンスを担当してるFMエヌ・ワンの番組で「焼きたてパンパンパン」という企画を自分で作って、県内のパン屋さんを週に1件ずつ紹介したこともありました。事前にアンケート用紙を送って、それに基づいて20分のインタビューをしてたんです。今となってはそれをデーターベース化してなかったのが、悔やまれて。能登以外の100件近く紹介しました。

―    もったいない! 残っていたら本が出せたのに。

上坂・・・フリーになってからすぐの仕事で、好きなパンの取材だったから、趣味と実益を兼ねて全エネルギーを注ぎこんでました! 第1回目は「ラ・フィセル」の藤田さんに出てもらってます。今思うとデータを残してなかったのは、本当にもったいなかったと思います。ファイル何冊にもなってましたし…。あの頃のパン熱はすごかったですね。

―    当時はそんな風にパンにのめり込む理由を聞かれても、説明できなかった?

上坂・・・そうなんですよねぇ。でも、ふりかえってみると、パン屋さんと自分はこれまでも近かったなあと。幼い時からの思い出に加えて、大学生時代に好きだった人が”老舗パン屋さんの息子”だったことも関係してるのかなぁと。当時、とってもスマートでリーダーシップもあって、憧れの的だったあの彼が、家業ではあるけれど、なぜ、パン屋さんを継いだのか…不思議だったんです。

―    今こうして、いろいろとパンの世界を知ってみて、「なぜ」は解けましたか?

上坂・・・「気づくのが遅くて、ごめんなさい」という気持ちです。今は心の底から「パンってすごい!」と思ってますから。パンに限らず、「そば」とか、単品で勝負してる人、極めようとしてる人たちはみんなすごいと思います。その中でも、特にパンは種類が多いですし、なかなか極めようにも、極められない世界ですからね。

(つぎに続きます!)