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vol.2 小紺有花さん その2

Oi-pan interview パン好きの「なんでパン?」をうかかがいます。

小紺有花 (ここんゆか) さんのプロフィール
大阪生まれ。大阪、インド、奈良育ち。石川県金沢市在住。2児の母。
2006年より京都の豆屋「楽天堂」の会報誌にて、
料理エッセー「麹遊び」を4年間連載。
そのエッセー連載を期に、麹料理の本格的な研究を始める。
現在は不定期で石川県を中心に、「麹料理教室」や「麹パーティー」などを開催。
麹を再び日本の食卓に呼び戻すため、商品開発なども手がけている。
趣味は剣道。




その2

手作りでわかった「本当においしいパンの味」

―    小紺さんは生まれは大阪ですよね?

小紺・・・大阪に5才までいて、それからインドで10才まで過ごしました。帰国してから大阪に戻り、その後は12~18才まで奈良、大学は金沢美大へ入学しました。

―    関西、インド、また関西、そして金沢へと。けっこう激しく移動してますねぇ。
ちなみに、そのころのパンライフは?

小紺・・・高校生時代は大阪の小坂駅前の「ビド・フランス」、大学生時代は金沢の「ドンク」「ジャーマン・ベーカリー」で思い切り菓子パン食べてました。特にドンクの「ダッチ」が大好きでしたね。丸くて中にクリームチーズが入ってるパン。焼き立てが最高なんですよ! とろーっとチーズが出てきて。今でも大好きです。学生の時、バイトしてた店のマスターも「ドンクのパンはフランスのパンよりうまい」と言ってたし、「ドンク最高!」と当時は思ってました。

―    (笑)。20年ほど前、私も大好きでした、ドンク。大和デパートにできた時は大人気でしたよね。あの頃、大和に行ったら、必ず寄ってたかも…。
そうやって「ドンク」にハマりながら(笑)、美大生として過ごして、卒業後は金沢で就職したんですか?

小紺・・・いえ、大阪の繊維会社で2年ほどOLをやりました。そのOL時代の後期から、今のダンナさんとも付き合い出してたので、退社してしばらくしてすぐに結婚したんです。
美大にいた時から金沢が大好きで「絶対に戻ってくる」と心の中では思っていたんですが、たった2年で戻ってきちゃった(笑)

―    結婚してからも、パンの朝食は続いたんですか?

小紺・・・ダンナさんが「朝はご飯じゃないと力が出ないからダメ」という人なので、ご飯とみそ汁の生活になりました。そのほうが健康的だと思ったし。パンはおやつとか、自分ひとりの昼食に食べるようになっていきましたね。
そのうち、生まれた子どもがアトピーになったり、私がヨガを始めたりして、自然食、ベジタリアン、穀物食に関心が出てきたんです。自分の中でも節目の時期で、意識も食生活も急激に変わった時でした。当時、知り合ったヨガの先生をしている友人が、ロサンゼルス仕込みの最先端のベジタリアンを実践してまして、その影響で、肉をぱったり食べなくなったりもしました。
同じ時期にマクロビオティック(※)の考え方にも出合い、そのレシピで料理をかたっぱしから作ってみたりもして。天然酵母を起こしてパンを作ったりと、なんでも試してましたね。

※ 「マクロビオティック」とは、元来日本にあった「玄米正食」をもとに、桜沢如一が提唱した食事法。まず欧米に広がり、日本には最近になって大きく広がりつつある。その食事の基本は、玄米を中心に、未精白の穀物や旬の野菜のほか、味噌、漬物など日本古来の発酵食品。身体に負担を与える肉や魚、乳製品、砂糖は ひかえるべき食品とされている。


―    天然酵母のパン作りに、マクロビオティック。私にも出産後にそんな時期があったなぁ…。自分ひとりの時は、好みだけで食べてればいいけど、小さい子供のことを考えると「食」について真面目に考えるようになりますよね。

小紺・・・でも、食卓に肉を一切出さなかった時期には、さすがにダンナさんが怒って「お前のやってることは独裁者と一緒だ」と言われたこともありました。
そういう過渡期を経て「食は人にとってパーソナルなもの。いくらよかれと思ってやっても、強要することはできない」と悟りましたね。子どもに対して教育的に「これを食べなさい、これはダメ」と言うのはいいとしても、ひとりの大人として、ダンナさんの食の嗜好は尊重しなきゃいけない。思い直して、ダンナさんにはお肉を出すようにしました。

―    小紺さんは、手作りパンにハマっていた時期もあったようですね。マクロビオティックでは、肉や魚のほかに、卵も乳製品もひかえなきゃいけない。そうすると、パンも食べられる種類が決まってきますよね。

小紺・・・そうなんです。必然的にハード系になってきて、バターロールとかは作らなくなっていきました。でも、そのおかげで「粉のおいしさ」がより深く感じられるようになってきたんです。パンを手作りする時にも「粉そのものを味わいたい!」と、ライ麦やそば粉なども入れたりするようになっていきました。
「パンは、粉を食べるもの」と発見した時期でしたね。そうやって手作りのパンばかり食べてると、だんだんとお店で売ってるパンの味にも敏感になってきたんです。

―    その頃は、ハード系のパン屋さんって、金沢にはあったんですか?

小紺・・・金沢でハード系を作ってるパン屋さんは、ほぼ皆無に近かったですね。ちょうど玉鉾に、天然酵母パンの店「ラ・フィセル」が開店して間もない頃だったと思います。新聞に掲載されてたお店の紹介記事を読んで、初対面なのに自分が作ったパンを持って行って、食べてもらったりとかしてました(笑)。

―    ええっ! 「パン好きstory」第1回めゲストの上坂さんと同じように、小紺さんも「ラ・フィセル」の時代から「たね」とつながってたんですね。知らなかった!

小紺・・・それが現在の「たね」の店主ケンさんとの出合いです。何度かそんな風にしてパンを持って行ってました。そのたびに「みなさん、よく持ってきますよ」なんて言いながら、親切にアドバイスしてくれて。
今でこそ、ハード系はしっかり市民権を得てますけど、当時はまだまだでした。金沢でハード系のパンなんて、ケンさんのところにしかなかったんです。そんな交流を通して「ほんとにおいしいパンとはどんなパンだろう」という、こだわりがでてきたんです。「たね」のパンは、自分で手作りしたパンに近い味がした。だから「たねは、ごまかしのない材料で作ってるんだな、手作りの味がパンの本当の味なんだ」とわかりましたね。

―    今となってみると、子どもの頃から食べてたパンは、余分ないろんなものが入ってたんだと?

小紺・・・あの「ふわふわ」なパンには、空気や水がいっぱい入ってたんだな、と気づきました(笑)。
自然食に目覚めたあたりから、なんでも成分表示を見て買うようにしてるので「ちょっとでも変なものが入ってたら、買わないぞ」という意識になりましたね。そうすると、必然的に行くお店は決まってくるし、自分で作るほうが主になってきた。
お店のパンというと、今は時々、ダンナさんが東京出張の時、浅草の「ペリカン」の食パンを買ってきてくれるのが楽しみです。

―    「ペリカン」のパンはなんで知ったんですか?

小紺・・・ダンナさんがよく東京出張で浅草に行くんです。そこで評判を聞いて、買ってくるようになって。で、食べたら「わぁ、うまい!!!」と。

―    やっぱり、評判どおりの味?

小紺・・・「由緒正しき、日本の食パン」ですね。日本人って、もっちりとした食感が好きじゃないですか。それをしっかり表現してる。もっちりしてて、しかも詰まってるんです。ふんわりサクサクなんだけど、ちゃんと詰まった感じもあって、バランスがすごくいい。

―    で、添加物も入ってない。

小紺・・・ないない。強いて言えば補助剤的にビタミンCが入っているくらい。だから素直な味がします。

―    それにしても素敵なご主人。あんなにかさばるものをおみやげに…

小紺・・・そうなんです。自分も食べたいからでしょうね(笑)。山型のと、四角のを買ってきてくれます。焼型が違うだけで、素材は一緒みたいです。あと1種あるロールパンもたぶん生地は一緒なんじゃないかなぁ。

―    いいなぁ! 先ほどの上坂さんも食べたいと言ってたし。今度、お取り寄せしてみよっと!

:lol: このインタビューの後、oi-panは「ペリカン」さんから
食パンをお取り寄せしてみました!その感想はこちら


(つぎに続きます!)