― ちょっと横道にそれますが、先生は有名パティシェの辻口さんともお知り合いなんですよね。
今井・・・そうなの、同じ七尾出身! しかも同じ店のケーキで感動したという共通体験があるのよ。その店のケーキを食べて「ケーキを作ってみたい!」と思ったというところまで一緒。「ボンボン」という名前のお店でしたね。辻口さんは、のちにケーキ作りで世界に名を轟かすところまでいかれたから、そのケーキ屋さんの影響力たるや、すごいと思わない?
そして、思いおこせば、私のケーキのルーツもこのお店なのよね。
これは本人としゃべって、確認したことだから確かな話よ。
二人とも「世の中にこんなおいしいケーキがあるんだ」と目覚めたのが、おんなじ店のケーキだったわけ。
― それは何歳の頃の体験だったんですか?
今井・・・辻口さんは小学生の低学年の頃じゃないかな。私は中学生の頃かな。
― そのケーキ屋さんは今でもあるんですか?
今井・・・残念ながら、なくなってしまったの…でも今も、その店のケーキをしっかり覚えてますよ。
スポンジの上にムース、その上にフルーツがきれいに飾られていて、その上にゼラチンがかかってて…
今だと少しクラシックなケーキ。それからカップの中にスポンジ、プリンがあるプリンアラモードとか。
どれも、ふわふわ~っとしたスポンジが、思い出として残ってるわね。
― 二人の未来を決めたのは、ふわふわケーキだったのか・・・
やっぱり、ふわふわケーキの威力ってすごい
今井・・・ケーキはパンと違って、膨らますのに生き物を使わないんですよね。卵を泡立てるか、バターを泡立てるかして、その気泡を使う。それかBP(ベーキングパウダー:膨張剤)を使って膨らますかですよね。卵を使うのがスポンジケーキ、バターを使うのがバターケーキ、BPを使うのがホットケーキやクッキーです。
― 小麦粉、卵、砂糖、バターなど、ほぼ同じ材料を使うのに、膨らますテクニックが変わるだけで、さまざまな“スイーツ”が生み出されるわけですね。
今井・・・考えてみると、不思議な世界だよね。
― そうやって生み出されるスイーツは、きれいでロマンチック、芸術性を感じさせる世界。でもパンは、こねたり、酵母のような菌を使ったりして、もっと泥臭い世界のような気がします。日本でいうと”おにぎり”に近いような…
今井・・・やっぱり生活感があるよね。
― 作る人の性格とか、もっと言うと、あたりに漂う菌とか、その人の手の菌とかも入っていたりするような…
今井・・・そうよね。教室でもパンが膨らまなくて、固いブサイクなパンができたりすることがあるんだけど、パンだと「これはこれで素朴でいいじゃん。お母さんが作った味だし」と思える。
これがケーキだと「なんや、こんなもんいらんわ」となるんですよね。味はよくても、見た目が悪いとケーキとはいえなくなってしまう。
― ケーキだと完成度が求められる。
今井・・・懐石料理とかと、似たところがあるかもしれんね。
これは教室に参加する生徒さんをメロメロにしてしまう、今井先生の絶品ケーキ。小麦粉を全く使わない、100パーセントかぼちゃのケーキです。
こんなふうな、パンとケーキの中間にあるホームメイドの味もあります。
今井・・・そうね、パンは素朴さがあるわね。だから家庭の食卓にすごく入り込んでいるんでしょうね。アメリカだと、パン作りの計量なんて大雑把ですよ~。イースト大さじ1杯、小麦粉も砂糖もカップ何杯って。それでもおいしいパンが作れるんだから。
― アメリカ人には、そんな作り方、合ってるかも。
それにしても、パンってどこで発達したんですかね。なんも知らなくて、すみません。
今井・・・エジプトで生まれて、ヨーロッパで発達したのよ。面白いのは、同じパンでも、さまざまな形があるところ。形にも意味があるのよ。
例えば、クロワッサン。三日月と菱形の2種類があるけど、三日月のものはマーガリンを使い、菱形はバターを使ったものなの。三日月型はオーストリアがトルコ軍に勝った時、その国旗の三日月にちなんで作り始めたものなんですって。
それから、ブリオッシュというパンがあるでしょ。あれはウイーンから嫁いできたマリー・アントワネットがフランスに持ってきたパンらしいです。形もいろいろとあって、よく見る”帽子型”のものは僧侶を表しているとか。
― マリー・アントワネットというと、あのセリフで有名ですよね。
今井・・・世に言う「パンが食べられないのならお菓子を食べればよいのに」だよね。実は彼女がいう“パン”は、このブリオッシュなんです。ブリオッシュは普通のパンより、バターをたっぷり使った贅沢なものなの。当時の一般民衆は、食べたことがなかったかもしれないぐらいの。
もしかしたら、ブリオッシュと言ったがために、彼女はギロチンの処刑台に送られてしまったかもしれないわね。
― うーん、歴史をたどると、パンにも怖いお話がありますね。
今井・・・フランスパンも、地方によって、表面に入れるクープ(切り込み)の数が違うとか、いろいろなウンチク話もあるのよ。味や製法だけじゃなくて、パンのルーツを極めるのも結構面白いわよ。
― パン検定もあるらしいし、挑戦してみますかね。
今井・・・それは、おまかせするわ(笑)。日本でも、木村屋のあんぱんの有名なお話があるわよね。スタンダードなあんぱんには“けしの実”がのってるけど“桜の塩漬け”がのったパンがあるじゃない? あれは宮中からあんぱんの注文があった時「庶民と同じパンでは畏れ多い」ということで作られたらしいわよ。
― さすが先生、検定受けてないのに詳しいですね(笑)。
今井・・・昔、習ったパンの恩師が、こんな雑学に詳しい方だったの。だから、授業はとっても楽しかったわよ~。そうそう、こんな話もあるわよ。食パンはもともとイギリスで山型パンが製造されてたのが、アメリカでも作られるようになり、鉄道でも焼かれるようになっていったの。その時、かさばらないように型にフタをして焼いたのが、今の「角型食パン」のはじまりらしいわ。
― ふーん。いろいろあるんだ! そんなパン雑学も先生の教室の魅力なんですね、きっと。