― ところで先生の教室で、最近の生徒さんの傾向や特徴って、何かありますか?
今井・・・そうね、教室を通して見てると、イーストから天然酵母へと、どんどん追求していく本格志向の人がいる一方で「面倒くさい」という人も増えてきてるわね。
― ん、面倒くさいとは?
今井・・・以前はパン作りを習ったら、家庭でも焼いて、その成果を生活に活かそうとする人がほとんどだったのよ。でも、最近、習っても家で再現しない人が増えてるの。主婦だって、昔と違って働いている人が多くなってきてるし、忙しくなってるのよ。習ってやってみたら「こんな面倒なこと、家でやってられない」って感じなのかな。だから「GOPAN」みたいな便利なパン焼き機が流行るんだと思う。
― 女性のキッチン離れが進んでる…
今井・・・特に、パン作りは生き物を扱うから、焦ったりイライラしたり、心に余裕がない時は作れないのよ。今はそれどころか、料理教室そのものに通う人だって減ってるのよ。
― ええっ、今も料理本とかはブームだし、料理教室も人気だと思ってました。
今井・・・10年ぐらい前がピークだったと思いますよ。
― やっぱり少し前の”ゆとり”の時代から、女性が社会進出するのが当たり前の時代になってきてるんでしょうか。
今井・・・女性の生き方としては、それはそれでいいと思うの。
私自身、43才でイベントなどのお仕事をさせていただくようになって”ギャランティ”という言葉をはじめて聞いたんですよ。その後、40代後半から、人間関係やお仕事の幅もどんどん広がってきた。
でもやっぱり、これがもう少し若かったら、もっと意欲的に前向きに、もっと大きなやれたのにとか、資格も取りに行けたのに…と思うわね。この先パワフルにやれるのは10年ぐらいでしょうし…
― 先生見てると、そうはとても思えないんですが・・・
今井・・・私はね、40代の人に「今がんばれ」と応援したいのよ。
― じゃ、少しぐらい料理に手を抜いても、やりたい仕事があったら優先しなさいと。
今井・・・でも、その一方で、子どもの教育については思うところがあって。
― は 子どもの教育ですか?
子どもたちにピザ作りを教える先生。「ふくれてきたのはイーストくんの“オナラ”のおかげで~す」と、独特の今井用語に子どもたちもいつしか引きこまれていきます・・・
今井・・・そう、やっぱり応用中心の「ゆとり」教育じゃなく、基本をちゃんと身につけさせてほしい。
小学校低学年のうちに、算数、理科の基礎を学んでおいてほしいの。
― 算数や理科。それは料理教室を続けて思ったことですか?
今井・・・そうね。例えば、私が今、パン作りで教えている「発酵のしくみ」とかは、看護婦さんとか、生化学に通じている人たちが、すごくよく理解してくれるの。すると料理の上達も早い。それに、分量とか割合も、結局は算数でしょ。
― 家庭科じゃなくて?
今井・・・家庭科も理科の一部分かも。料理の原理原則は、理科や算数にあるように思います。
― 言われてみると、そうですね。
今井・・・ゆで卵は、たんぱく質が60度で変質して固まる、という特性を活かして作られてるでしょ。その60度という境目を、知ってると知らないでは大違いなのよ。サツマイモを電子レンジで急激に加熱するより、焼き芋にしてゆっくり加熱するとなぜ甘くなるのか、知ってる? ゆっくり加熱することによって、糖化による甘み成分がたくさん出るからなのよ。
― なるほど~
今井・・・それに、料理のレシピを知らなくても、素材の配分さえ知っていれば、対比の計算で分量が出せるでしょ。
みんな小中学校の勉強の応用なのよ。
― ここまでうかがってきてやっと、先生のおっしゃる原理原則”と”テクニック”の違いがわかってきたような気がします。原理原則は料理の根っ子の部分で、その基本があればいろいろと応用もできる。対してテクニックは、料理を商品として提供するプロの分野で、装飾のようなものだと。
確かに、テクニックを使わず作った少々形の悪いパンも、日常の中では十分おいしく食べられますもんね。
今井・・・うん、そう! 原理原則を知っていれば、世界中どこにいても生きていけるのよ。