― 塩井さんは、渡欧する際になぜ、アイルランドを選んだの?
塩井・・・日本人がほとんどいなかったから。それに、アイルランドの先住民族、ケルトって好きなんですよ。詩、音楽…芸術に長けた民族ですよ。世界中を席捲してる文学者は、ケルト人ばっかでしょ。
― でも、アイルランドって、料理はおいしいんですかね。
塩井・・・はっきり言って、まずい。というか、みんなあんまり食うことに興味なさそう(笑)。
言葉に対する感受性は鋭いけどね。会話からすでに文学になってるし。
― お酒は好きみたいだけどね
アイルランドも、もちろんパンが主食ですよね。普段どんなパン食べてるんですか?
塩井・・・僕がいた90年代には、ダブリンでフレンチなパン食ってるやつなんていなかったね。
バゲットなんて食おうもんなら、「んな、また気取って…」って感じ。
― へぇ、そうなんだ!
塩井・・・バゲット売ってるパン屋なんか、めったにないし。みんな食べてるのは黒パンですよ。白いパンなんて…という。
― 白いパン食べてると「軟派なやつ」になっちゃう。
塩井・・・「ふーん、パリにでも行っちゃえば~」という目で見られてた。
― じゃ、みんなライ麦パン?
塩井・・・とか、カンパーニュのもっと固いやつとか。石みたいな。頭ぶつけても平気なようなパン、が多かったね。
― へぇー
塩井・・・でも、うまいんすよ、それが。ハチミツもうまいし、バターもうまいし。
― 黒いパンって、酸味が強いからね。
塩井・・・そうそう、酸味が強くて、身体にもいいんすよ。
― アイルランドに住んでいた頃、よくパンを焼いていたそうですが、誰かに習ったんですか?
塩井・・・ガールフレンドの知り合いでね、「お母さんが英国のさる高貴な人の料理人をやっていた」という人の息子に習った。
― すっごい肩書き(笑) それは、いったいどんなパン?
塩井・・・いわゆるブラウン・ブレッドというやつ。強力粉、小麦ふすま、バターミルクなどを使って焼いてたね。
― バターミルクって、バターとミルクじゃなくて?
塩井・・・そう、バターミルク※。日本じゃ買えないと思うけど。
※バターミルクはバターを作る際にできる副産物で、軽い酸味があり、ほんの少しどろりとした発酵乳飲料。日本では「特定乳製品」に指定されていないため、販売されていない。
― 膨らます方法は、イーストを使って?
塩井・・・いや、イーストじゃなく、ソーダ(重層)を使ってた。そんなに膨らませるわけじゃないから、あまり入れないけど。
― どんな味でしたか?
塩井・・・いわゆるドイツパンに近い味。見た目はフランスのカンパーニュみたいな大きさで、もっと黒くて固い。それで、すごいハードブレッド。頑丈なナイフじゃないと切れないような。それを少しずつ切って食べてた。焼き上がりが、またうまいんだよね!
焼き上がったばかりのをオーブンから出して、タオルで蒸してから、切る。
その湯気が上がってるところに、バターを塗る。
さーっと溶けたバターの上に、ハチミツたらして食うと最高においしかったね!
むこうは、またハチミツもうまいし。
― ヨーロッパのハチミツっておいしいんだ。
塩井・・・うまいよ~
― こっちのより?
塩井・・・全然、話になんない。日本のもまずいとは言わないけど、味ないっすよ。というか薄い。
むこうのはもっと濃厚だから。
― 日本に帰ってきてからは、パン、もう焼いてないんですよね。
塩井・・・そうだね。でも、またいつか焼いてみたいと思う。僕、パン焼くの好きだし。
― 自分でうまく焼けるもの?
塩井・・・日常的にいつもやってると、うまくなるねぇ。僕、自慢じゃないけど、オートミール作るのもうまいよ。毎日作って食べてるし。
― そういうの毎日食べてるってことは、塩井さんお米の人じゃないんだね。
塩井・・・僕、お米あんまり好きじゃないし。興味ない。一生食えなくなってもいいかも。
― じゃ、パンのほうが好き?
塩井・・・おいしいパンと、あと、ラーメン、パスタでもなんでもいいから麺類と、おいしい紅茶と、おいしいチーズがあったら、一生暮らせますよ。あと、甘いものがあればいい。
― へぇー、小麦の人だ!
塩井・・・別に小さい頃から”品のいい生活”してたわけでもなんでもないんだけどね。ごく普通にお米で育ったのにね。
― いつから、そうなったんですか?
塩井・・・やっぱり、アイルランドに行ってからですね。だから、おいしい米って、よくわかんないんです。興味ないから。
― 小麦はおいしいと思うの?
塩井・・・そうですね。でも、シンプルなものがおいしい。パンもね。自分で焼いてた頃は、フルーツとかナッツとかいろいろ入れてた時期もあったけど、結局は何も入れないパンに落ち着いてった。
「シンプルでおいしいもの」って一番作るのが難しいですよね。それって、料理全般に言えることだとも思うけど。たくさん余分なものを使うと楽なんだよね。ごまかせるから。
パンも、シンプルでおいしいに、たどり着くまでが難しいと思う。
― 自分で何度も焼いてみて、そう感じたんですね。やっぱ説得力あります。