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わたしを離さないで

2011年5月21日

久々に読了できた小説。
しかし、このなんとも不思議な読後感はなんでしょう。
静かで重い、でもどこか既視感のある。

物語は、ある女性の一人称で語られています。
イギリスの全寮制学校のごくありふれた日々。
誰かとささいなことでケンカしたとか、
どんなものが宝物だったとか、
異性に興味を持ち始める時期の、心と身体のちぐはぐさとか。

ヘールシャムという、田舎の学園(と思っていました)での
正直言って、退屈なほどさりげないエピソードが続きます。
いつもなら、途中で読むのをやめてしまうところですが、
この小説は違いました。
エピソードの中に、少しずつ、異物感のある言葉が増えていき、
それら伏線となって、いくつかの事件が起きるのです。
その部分だけを読んでいても、
実際にどういう意味を持っているのか、
漠然としすぎていて、よくつかめません。
それがとてもミステリアスであり、不気味でもあります。

物語の途中で、学園だと思われたヘールシャムが、
「ある目的」のために作られた施設だとわかります。
そこで働く先生が、その目的を知らず、あまりに無邪気な生徒たちに、
真実を口走ってしまうのです。この告白は、
用意周到に散りばめられたエピソードで、なんとなく連想でき、
それほどの衝撃はありませんでした。



主人公のキャシー、親友のルース、そのBFのトミーは、
やがて、なごやかなヘールシャムの生活を終え、
厳しい現実に直面することになります。
グリーン色の幼少期から、灰色の青年期へ。

私が本当の衝撃を受けたのは、物語が終わろうとする前の、
キャシーとトミー(この時は恋人同士)の英断の場面でした。
「本当に愛し合っていることを証明できるなら、
そのふたりには猶予が与えられる」
というヘールシャムの伝説を信じて、
今の自分たちの状況を変えようと、ある人物に直談判しに行くのです。

そこで描かれる言葉、ふたりの心の動きは、
私たちが、子どもから大人へ変わる時に必ず体験する、
あの感覚を思い起こさせます。
それも「何かを隠されて」育った人、
その何かが大きければ大きいほど、
自分が何者であったかに愕然とし、
深い穴に落ちて行くような絶望を味わうのです。
「鏡に映っている自分」が、それまでとは全く違う別物に見える瞬間です。

キャシーの目を通して、彼女たちを見ていた読者は、
別の視点によって、彼女たちを改めて見つめ直し、
悲劇の大きさに打ちのめされるのです。

ヘールシャムの先生たちは、
生徒たちの「幸せな子ども時代」を守るために、
彼らを「保護」し、「物事を隠す」ことを選びました。
(真実を伝えようとしたルーシー先生は、施設から排除されました)
先生たちは、ヘールシャムが閉鎖された今も、
自分たちの成果に満足しています。
でも、果たして、それはほんとうに良い事だったのでしょうか?

森や池、草花に囲まれていたヘールシャム時代とは違って、
大人になったキャシーたちの世界は、
病院や廃墟など、荒涼とした風景に包まれています。
3人で見に行った、北ウェールズの難破船。
ラストでキャシーが訪れる、
強風と荒波が集めたゴミが打ち上がるノーフォークの海岸線。

忘れ去られ、疎とまれさえするものを、近しいと感じる彼ら。

こんな感情を持っていた時期が、自分にも確かにあり、
今、それに押しつぶされそうになっている人々がいることを、
忘れずにいたいです。


『わたしを離さないで』は、
日系英国人作家カズオ・イシグロ氏の2005年度の作品。
映画化され、首都圏では現在公開中です。
石川県では、6月上旬から金沢フォーラスで公開予定。
見に行こうと思ってます。

キャシー役は「17歳の肖像」のキャシー・マリガン、
ルース役は「パイレーツ・オブ・カリビアン」などのキーラ・ナイトレイ、
トミー役は「ソーシャル・ネットワーク」、
次回「スパイダーマン」主演のアンドリュー・ガーフィールド。


コメント

  • カズオ・イシグロ氏はイギリスでとても人気のある作家だと最近テレビで知りました。「記憶」をテーマに日常生活の物事を積み重ね書いていき、ある種独特の雰囲気が読書にはたまらないとか。oi-panさんのブログを読んでを納得した次第です。映画が期待通りだといいね~。又、感想を又聞かせてね。

    2011年5月23日2:18 PM | とろろん

  • とろろんちゃん、コメントありがと~。最近「がんばれ」とか「前向き」「ポジティブ」という言葉に少々疲れてきました。悲しい時は悲しみ、落ち込む時は落ち込んだっていいじゃないですか。そんな感情を自分なりにつかまえて、味わっていくことも人生かと。なんちて…

    2011年5月23日3:22 PM | oi-pan

  • なんかタイトルが気になるー 内容もイギリスってとこに惹かれるー 読んでみたいな。 今、他にも読みたいのは井上ひさしさんの「一週間」です。 (「暮らしの手帖」の書評でオススメだったの)

    2011年5月24日12:30 PM | キャサリン

  • キャサリンは絶対気にいると思うよ :-o  井上ひさし氏の「一週間」は、「暮らしの手帖」で確認してみるわ~

    2011年5月24日2:30 PM | oi-pan

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