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vol.5 岡崎俊裕さん(Boulangerie YAMANEKO店主) その1

Oi-pan interview パン屋さんの「なんでパン?」をうかかがいます。

●岡崎俊裕(おかざきとしひろ)さんのプロフィール
1970
年、奈良県生まれ。金沢大学教育学部・金沢大学大学院哲学科卒業。
地元、奈良県で小学校教員を6年間勤めた後、退職。
パン職人を志し、金沢を起点に修業を開始する。
石川県河北郡「ボングー」、長野県「ル・コパン」、
「金沢全日空ホテル」(現ANAクラウンプラザホテル金沢)の製菓・パン部門、
恵比寿「ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション」など、
約10年の経験を積み、2010年に独立。

 

何をして働くか。
今、それは日本人にとって大命題になってるような気がします。
好きだから、
合ってると思ったから、
知人や親に奨められたから。
職業を選ぶ理由はさまざまですが、
それを継続し、極めていけるか、となったら、また別の話。
今回の岡崎さんのインタビューは、そのお話です。
将来を思い描く中高生にも、ぜひ読んでほしいなぁ。


その1

パン修業10年

―       今日は、岡崎さんの10年に及ぶパン修業について、根掘り葉掘りお聞きしようと思ってやってきました。約10年もかかったのはどうしてだと思いますか?

岡崎・・・それはですね、なかなか難しい話で…(笑)。自分でパン職人になろうと決心して、この道に入ったにもかかわらず、当初はなぜか、なかなかやる気が出なかったんです。自分が追い求めるパンの姿が見えなかったというか。

―    自分が作りたいと思うパンに、なかなか出合えなかった?

岡崎・・・う~ん、出合えなかったというより、その頃はまだまだ受け身でしたね。独立したいという夢を持って修業を始めたのに、店を持つということにも、まだリアリティを感じてなかった。今思うと、積極性に欠けてましたね。パンのことも全然わからなかったし。

―    モデルとするパン屋さん、作っていきたいパンが具体的に見えてなかった?

岡崎・・・修業をはじめて3年ぐらいしても、見えてこなかったですね。4年めに夏期研修に行った「ル・コパン」で、天然酵母のパンを学んだ時は「こういうのをやっていくのもいいかな」と思ったりもしましたが…

―    その「ル・コパン」以外は、「ボングー」さん、「全日空ホテル」さん、「ジョエル・ロブション」さんで、それぞれ3年ぐらい学ばれてますよね。

岡崎・・・3年周期でやっぱり波がくるんでしょうね(笑)。はじめの1年は、皆目わからないまま、その店の作業を言われた通りにやる。次の1年で少しずつわかってきて、3年めにすべてをつかめるという流れなのかな。

―    で、これでいいのかなと。

岡崎・・・修業し始めた頃の心境を吐露すると、それほど僕は技術的に長けてるわけでもないし、器用でもなかった。それで、いわゆる簡単な仕事ばかりをしてたわけです。しかも積極的でもなかったので、伸びようがない。そんな日々の中、あんまりやる気も出て来なかったんです。今考えると、それは自分自身の問題だったと思うんですけどね。


―    そこで、いったん白紙になってみようとしたんですね。

岡崎・・・ちょうどその頃、長野県で天然酵母パンや石窯で焼くパンをすごく活発にやってたんで、いろんなお店を回ってみたんですね。その中のひとつが乗鞍の「ル・コパン」。「石窯パンのやり方を知りたいなぁ」と、研修という形で半年くらいお世話になったんです。

―    そういえば、第1回ゲストの「たね」の藤田さんも、石窯でパンを焼く長野の「カナディアン・ファーム」さんで修業されてました。信州は、当時から天然酵母や石窯を使った本格的なパン作りの土壌が豊かだったんですね。そこで意識の変化とかはありましたか?

岡崎・・・意識は変わりましたね。「ハード系のパンは、しみじみおいしいな」と思いました。でも、だからと言って、天然酵母のパンに傾倒していったわけじゃないんです。「ル・コパン」のシェフは、もともと東京の表参道のパン店での経験もある人でした。彼が「天然酵母のパンも作っていきたいけど、ありふれたメロンパン、あんぱんもおいしい。両方のパンにそれぞれのよさがある」と最後に僕に言ってくれたんです。

―    庶民的なパンもおいしいと。

岡崎・・・そうです。以来、ハード系も、デニッシュも、あんパンも、ャンルにこだわりなく”おいしいパン”を全般的にやっていこうと思うようなったんです。

―    ハード系のよさはわかったけれど、それに固執はしないと。その後、「全日空ホテル」さんに行かれるわけですが、これはどんな理由で。

岡崎・・・ホテルのパンを学びたかったからです。最初に街場のパン、そして、自然派のパンを学んだから、次はホテルで学ぶと幅が広がるんじゃないかな、と当時は思ってました。

―    ホテルのパンって、どんなパンなんですか?

岡崎・・・いわゆるホテルのパンというと、ロールパンとか、デニッシュとか、小さくまとまったパンが多いですね。

―    やっぱり製法とか、ほかのパン屋さんと違ってましたか?

岡崎・・・いえ、それほど違いはありませんでしたね(笑)。ただ、人数が少なかったので、すべての仕事をまかせてもらえたのが、よかった。窯も、生地のばしも、ミキシングも。たぶん、ここではじめて「パン作りの全体像」を知ったんだと思います。毎日朝食に出すパンが決まってましたし、少人数で仕事を回さなければならず、責任を持たされると同時に、やりがいもありましたね。
ここで「パンを作る力をつけさせてもらった」という感じがします。思えば、それまでは”見学”みたいでしたね。だから、長くかかったんじゃないですかね。

―    なるほど。

岡崎・・・今考えると、やっと「職人への足を一歩踏み出した」という場でしたね。

―    岡崎さんのこれまでをうかがってると、まさに修業、という感じですね。「もの作りをしたい」という動機で入ったのに、それを楽しむというより、ただただストイックな…。

岡崎・・・パン作りは根本的には、好きなんだと思います。でも、業って、そこに入るきっかけは偶然みたいなもので、入ってから積極的にやれるかどうかは自分次第だと思うんです。自分で自分をどのように変革していけるかだと。それはどんな職業においても同じだと思います。「パンが好きだから」とこの世界に入って、続けられる人間とそうでない人間がいるのは、そのへんの違いだと思います。
僕も教師の頃には、それほど積極的になれなかったし、人生に「これでいいのか」という思いもありました。で、パンの世界に入って、変革を求めた。でも、求めたわりにはさほど積極的になれない何年かを経て、やっと腹をすえてやろうと思えるようになってきたのが、このあたりだったと思います。だから、やっぱりずっと一種の“修業”と思ってやってきてるのかもしれません。

―    自分の心と対峙する修業のような歳月を経て、
ようやく「この先やっていけそうだ」と見えはじめた。

岡崎・・・でも、それはこの後、東京に行って、粉々に打ち砕かれるんですけどね(笑)。

―    ええっ、そうなんですか! やっと道が見えてきたのに…

(つぎに続きます!)