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vol.6 吉田勝人さん その2

Oi-pan interview パン屋さんの「なんでパン?」をうかかがいます。

●吉田勝人(よしたまさと)さんのプロフィール
1974
年、小松市生まれ。石川工業高等専門学校建築学科卒業。
大阪の建築会社、金沢の店舗設計会社で設計に携わる。
26
才の時、小松大和の「ドンク」で働き、パンの魅力に目覚める。
加賀市のかぼちゃ村のベーカリー「ア・ポワン」勤務後、独立。
小松市北浅井に「ヨシタベーカリー」を開業。
2008
年に小松市矢崎町に移転、現店舗をオープン。
趣味はパン作りと日曜大工。


その2

ジャングルの密林のような場所だった

―    そして、2005年に独立して、北浅井のお店を構えたんですね。

吉田・・・この店の内装はすべて自分で考えました。できるだけ予算をかけずに、面白い雰囲気を出そうと工夫しましたね。

―    全体的に明るい雰囲気で、パンを入れる棚がとても可愛かったのを覚えています。ベースとなるイメージはあったんですか?

吉田・・・特にイメージはなかったんですが、これまでの店舗設計の経験を活かして造りました。
こだわったのは「オープンキッチン」ですね。
当時、小松のパン屋さんでオープンキッチンを採用したのは、うちだけだったと思います。
それはやはり、大阪のパン屋さん「ブーランジュリ タケウチ」さんの影響が大きかったと思います。

―    ああ、やっぱり :-o 大阪の会社にいらしたので、そうじゃないかなと思ってました。

※oi-panのblog関西こなもん旅 「ブランジュリ タケウチ①」 →コチラから

吉田・・・あそこに初めて行った時は衝撃を受けて。あの厨房からの熱気がすごいなぁと。
狭い店内に人がひしめきあって、すごい熱気とピリピリした空気がお客にも伝わってくるんですよね。

―    でも、それが決してイヤな感じではないんですよねぇ。

吉田・・・パン屋をするなら、絶対あんな感じでやりたいなと思ってました。でも、やってみたら、あんなふうにいくわけがないということもわかりました(笑)。タケウチさんではずっとパンを作っているから、常時厨房が熱気にあふれているんですけど、うちだと1日中作っているわけにはいかないですし。

―    あそこはすごく特殊なお店で、売れる数も半端じゃないですからね。次から次へと作って、売れて。ドアを開閉する警備員さんもいますし、異様な迫力のあるパン屋さんですよね。

吉田・・・圧倒されますよね。オーナーさんの感性の豊かさを感じます。あれだけのフルオープンキッチンは、パン屋さんではタケウチさんが初めてじゃないかなぁ。今オープンキッチンのパン屋さんが増えてますけど、ほとんどタケウチさんの影響を受けてると思います。

―    タケウチさん談義は尽きませんが、北浅井のお店の話に戻りますね(笑)。
ここには何年おられたんですか?

吉田・・・3年半です。始めた時から「ゆくゆくは店舗住宅を」というのが頭にありましたので。

―    そのお店のイメージは出来上がってたんですか?

吉田・・・特にはなかったんですが、パンはこの店とはガラッと変えようとは思ってました。

―    北浅井のお店では、どんなパンが中心だったんですか?

吉田・・・ソフトなパンとハード系パンと半々ぐらいの割合でやっていたんです。でも、需要はやはりソフトがパンのほうが多かったですね。「お客さんの望むニーズに応えていく」というのが前のお店の形でした。
それが2年半ほどしたころに「あ、もう次行きたいなと」思うようになって…。いろんな要因が重なっていたんですよね。自分が思う方向とちょっと違う方に向いてきていたのと、「ここにあまり長くいると離れられなくなる」という怖さも出てきてました。それを修正するには店を移してしまうのが一番いいのかなと思って。最初は、場所探しから始めました。

―    どんな場所を考えていたんですか?

吉田・・・小松市内で、街中から少し離れていて、ゆっくりと時間が流れているような場所がいいなと。

―    頭に浮かぶモデルはあったんですか?

吉田・・・特になかったんですが、街中のバタバタとしたお店じゃなく、ゆっくりした雰囲気のお店にしたいなとは思ってました。

―    ふと思いついたんですが、吉田さんはこれまでに海外に行かれたこと、あります?

吉田・・・あ、店舗設計の会社をやめて、パン屋さんで働くまでの半年間、バックパッカーで旅しました。

―    半年間、バックパッカー! どこを回ったんですか?

吉田・・・アジアです。中央アジア以外はほとんど行きました。

―    旅には何か理由があったんですか?

吉田・・・海外に行って、日本と違う文化の中でいろんなものを見てみたいとずっと思っていたんです。店舗設計の仕事を辞めた後、にぽっかり空いた期間があって「今行かないと行けなくなる!」と思い切って旅に出たんです。すでに25才になってましたから。

―    ちょうどいい年齢ですよね。建築や遺跡やいろんな文化、人にふれたんでしょうね。

吉田・・・そうですね。何かをつかんだか?と言われると、自分でもわからないんですけれど、見てきてよかったとは思いますね。

―    日本との違いは感じましたか?

吉田・・・やっぱり”時間がゆっくりと流れている”とはすごく感じましたね。もしかしから、自分で意識はしてないけれど、そういう影響が残ってるかもしれません。特に旅先のどの場所の、というのはないんですけどね。

―    なるほど。今のこのお店の雰囲気の中に、なんとなく日本的じゃないものも感じてたので、つい聞いてしまいました。
郊外のゆっくりした雰囲気のお店、そんな吉田さんの思いにかなう場所はすぐに見つかったんですか?

吉田・・・たまたま見た不動産情報にこの場所が出てました。見に行ってみると、ジャングルの密林みたいなすごい雑木林で(笑)。
でも、ここに来た瞬間、すべてのイメージが出来上がってしまったんです。駐車場から階段を上がって、建物があってと。そんなふうに全部、絵ができたんで「あ、もうここしかない!」と。



現在のお店。
ここがジャングルだったとは、想像もつきません

 

 

 

 

―    へぇー、縁がある場所だったんですね 8-O じゃあ、そのイメージのままにお店を作り上げていったんですね。

吉田・・・ええ、少し規模は大きくなりましたが、ほぼ最初に思い描いたイメージ通りになりましたね。

―    すべて自分で設計デザインされたんですか?

吉田・・・加賀市の店舗設計会社「SOU-SOU-TEN」さんにお願いしました。 なぜか「僕のやりたい店を作れるのはこの会社だけだろうな」と、何の根拠もなくひらめいたんです。社長さんとは顔見知りだったものの、その会社の仕事を見たこともなかったんですけど…

―    吉田さんは何か鋭いひらめきがありますよね。で、スムーズに話は進んだんですか?

吉田・・・ええ、「じゃあ、やりましょう」と。ここはすごい場所でしたから(笑)、みんなに「絶対やめとけ」と反対されたんですけど、「SOU-SOU-TEN」の社長さんは「すごくいいと思うよ」と共感してくれたんです。

―    イメージも汲み取ってくれて。

吉田・・・そうなんです。だいたいのイメージだけで、ここまでやってくれて。ちゃんとした図面も全くなく、スケッチと話だけでほぼ完全に意思疎通ができてましたね。

―    完成してみて、やっぱりイメージどおりでしたか?

吉田・・・ええ、ほとんど。

 

(つぎに続きます!)