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vol.8 ほしのあき さん(「旅カフェ」店主)その1

Oi-pan interview パン好きの「なんでパン?」をうかがいます。

ほしのあきさんのプロフィール
石川県珠洲市出身・金沢市在住。38才。
関西外語短大卒業後、大阪で福祉関係の仕事に就く。
24才の時にインドに渡り、マザーテレサの関連施設でボランティアとして働く。
帰国後、石川県内の福祉関係の仕事、ピースボート乗船を経て、
2007年に旅カフェを開業。現在に至る。
出店予定などは⇒「旅カフェ.com」

 

雨の日も風の日も、
決まった曜日、決まった時間に、
いつも待っていてくれるフェアトレードコーヒーの移動ショップ「旅カフェ」。
その可愛いワゴンを見ると、ほしのさんの笑顔も自然と思い浮かびます。
おいしいコーヒーと手作りスイーツ、
何より、ほしのさんとのおしゃべりを楽しみに今日も多くの人たちがここを訪れます。
私も、旅カフェの歴史や秘密を知りたくて、
ほしのさんの思いを知りたくて、
つい、足を運んでしまいました…


その1

インドで得たもの

―     この移動販売スタイルの「旅カフェ」を開業するまで、いろんないきさつがあったと思うんですが、聞かせてもらえますか?

ほしの・・・24才の頃にボランティアに出かけたインドでフェアトレードを知ったこと、いろいろと調べているうちに金沢でフェアトレードの支援活動をしている小浦むつみさんと知り合ったことが、今に至る大きなきっかけになりましたね。

※フェアトレード(公平貿易)とは、発展途上国で作られた作物や製品を、適正な価格で継続的に取引することによって、生産者の生活向上を持続的に支える仕組みのこと。

―     インドに行く前や、旅カフェをされる前はどんなお仕事をされてたんですか?

ほしの・・・ずっと福祉関係の仕事をしていました。インドに行く前は大阪で障害者の方々の共同作業所で、金沢に帰って来てからも老人ホームや障害者施設で働いていました。

―     学校では福祉の勉強をされたんですか?

ほしの・・・いえ、英米語学科を卒業しました。

―     どうして福祉関係に?

ほしの・・・幼い頃から引っ込み思案だったせいか、社会的に立場が弱い人たちに共感するところがあったんです。そんな人たちの気持ちをわかってあげられるんじゃないか、何か役に立てるんじゃないかという思い込みがありまして。私が短大に行っていた頃はまだバブルの名残が残っていたんですが、華やかな同級生たちにどこか違和感を感じている自分に気づいてしまって。「私はこんなふうに華々しくは生きられないな。それより自分と同じようにコンプレックスを感じてる人たちにもっと寄り添える、そんな仕事をしたいな」と思ったんです。

―     それで福祉関係を目指して、作業所に就職されたんですね。

ほしの・・・作業所に就職してからは「やっと自分の居場所ができた」と思いました。通ってた学校は、当時はお嬢様風の学生が多かったので、能登から出てきた自分のコンプレックスが浮き彫りにされてしまったんです。就職した途端、お化粧ときれいな洋服で飾った人たちに囲まれた生活から一転、障害のある方の食事、排泄、送迎のお世話になりました。初めてのことばかりだったんですが、なぜか楽しかったですね。

―     大変なお仕事だと思うんですが、どのあたりが楽しかったんですか?

ほしの・・・少人数の施設だったので、和気あいあいとした環境でした。職員の方々にも可愛がっていただきましたし、障害者のご家族にもよく遊びに連れてってもらったりしてました。

―     そんなに居心地のいい職場だったのに、突然インドに行かれたのは、なぜ?

ほしの・・・本格的にインドに行く前段階として、休暇旅行でネパール旅行ががありまして。ほんとはインドに行きたかったんですが、ちょうどその頃、コレラが流行っていて行けなかったんです。それで急遽、お隣のネパールに行くことに。でもネパールについては全然知らず、知識はヒマラヤがある国ということだけでした。

―     初めての海外旅行が何も知らないネパール。そこで何かが…

ほしの・・・行ってみたら、子どもたちはみんな裸足。観光客に物を売って商売している10才前後の子どもたちも大勢いる。「なんで、日本とこんなに違うんだろう」とびっくりしたんです。日本で別に贅沢な暮しをしてきたわけでもないけれど、住むところがあって、仕事があって、食べるところにも困っていない自分。かたや、この国にはすごく貧しい暮らしをしている人がいる。「何かしなきゃ」と、この時思っちゃったんです。でも何をしたらいいのかわからないので、帰国してからも悶々と考えていました。そのうち、海外ボランティアとして働くことを思いつき、インドのマザーテレサの施設があることを知りました。「ここなら、私がふいに行っても何かお役に立てるのでは」と思って、実行したのが24才の時です。

―      すごい行動力 8-O

ほしの・・・マザーテレサの施設には、老人、子ども、刑務所から出所した女性、ハンセン病の患者さんなどいろんな種類の施設があります。それをひと通り見学してから、障害を持つ子どもたちの施設を選んで、半年間ボランティアをしてました。


インドでボランティアとして働くほしのさん。
写真の作業はペンキ塗り

 

 

 

 

―      その間、生活費はどうされていたんですか?

ほしの・・・当時のインドでは1ケ月約1万円で生活できたので、持ってきていた自費でまかなえました。外国人専用の安宿を借りて、施設へ通っていましたね。そこではシスターの指導を受けて、洗濯や食事の手伝い、子どもたちの遊び相手などをしていました。

―     それまでの価値観は変わりましたか?

ほしの・・・そうですね。あの半年間があるから今の自分があるという気がします。マザーハウスには世界各国から人が集まってきてましたし、人種が違うと考え方、習慣も全然違うんだなという気づきもありましたし…いろいろありすぎて語り尽くせないです。

ボランティア仲間と一緒に

 

 

 




―      その一部を教えていただくと…

ほしの・・・例えば、当時のインドのトイレには紙がなくて、流水でおしりを洗う形式でした。ガイドブックには持っていくように書いてあったので、当初は持っていったトイレットペーパーを使っていたんですが、そのうち切れてしまって…でも、買うとすごく高いし、仕方なく流水で用を足すようになったんです。するとそのうち慣れてきて、なんとなくトイレットペーパーから解放されたような心地よさも感じるようになってきたんです。今までの「紙がないと、トイレに行けない!」という思い込みから、「なくても大丈夫」と思えるようになり、すごく楽になりました。

―       へぇ~。私もインドにいったら、そう思えるようになるのかなぁ :roll:

ほしの・・・それともうひとつ。インドの人は手でご飯を食べるんです。レストランだと、外国人用にスプーンなどを出してくれるんですが、安い食堂だとそれが汚かったりするんです。「じゃあ、自分の手で食べたほうがまだ安全だ」と手で食べるうちにまた慣れてきて「あ、私はスプーンからも解放されたんだ。なくても食事ができるじゃないか」と。モノから解放されることがすごく気持ちのいいことだと思えるようになりましたね。

―     日本に帰ってきてからの生活に影響はありましたか?

ほしの・・・帰国したら、すごくモノにあふれてて、サービスも過剰で”なんでも揃っている”ことに逆に違和感を感じました。

―      今でもなるべくモノは持たないようにしている?

ほしの・・・最近は、友達と定期的にいらなくなったモノや服の交換会をやっています。自分が不要になったモノをほかの誰かが喜んで使ってくれたり、お金を使わずに気にいった服が手に入ったりして楽しいですよ。


「旅カフェ」店頭にも、不用品を提供するコーナーが。
誰ががいらなくなったモノも、誰がが必要としているかも


 

 

 

―       じゃあ、今はお金をかけない生活を実践しているんですね。

ほしの・・・なるべく、お金じゃないものに価値を見出すようにしているかな。そういう人も周囲に多いですし。

―       ほしのさんにとって”お金よりも大事な価値”って何だと感じていますか?

ほしの・・・人との信頼関係かな。私は旅カフェを通してフェアトレードのコーヒーを売ってますが、それをお客さんが「旅カフェが売っている商品は間違いなくフェアトレードの商品だ」と信頼してくださるから、成り立っているんです。私もそのコーヒーをフェアトレードショップのアルさんから仕入れていますが「アルさんだから」という信頼関係が前提にあるからなんですね。単なるお金を通しての商取引でなく、そこに「人とのつながり」がある。人との関係こそに価値があるんです。

―     大事なのは「人」ですね。最近、そういうお話をすごくよく聞きます。みんなそこに立ち還っているのかなぁ。

ほしの・・・モノはあふれかえっているし、どこに行っても同じようなものばかり、となると、only one=人になりますよね。

―     その原点を見出せたのが、インドでのボランィア生活だったんですね。

 


(つぎに続きます!)