●内籐直樹さんのプロフィール
1961年、広島県出身。
カワイ楽器の調律師として金沢に赴任。
パン屋でのアルバイトをきっかけにパン職人になることを決意。
「ドンク」での修業を経て、
’92年に「アリスファームキッチン」を開業。
趣味はピアノ演奏。
― 金沢市玉鉾にある「コープたまぼこ」内に、支店の「Native & Nature’s Market Place Bakery」を開店したのはいつごろですか?
「コープたまぼこ」の入口すぐ近くにある
「Native & Nature’s Market Place Bakery」
内籐・・・’98年です。
― 開店の理由は?
内籐・・・出店のお話を生協さんからいただいて、生協さんには”安全安心”のイメージがあるし、自然素材の商品に力を入れているという点がうちと合っているなと。でも1番の理由はバゲットをたくさん焼きたかったから。その頃、いろんなレストランから店用のバゲットを作ってほしいと言われてたんですが、焼くスペースがないから断わらざるをえなかったんです。レストランのパンは作りたかったし、なんとか焼けるようにならないかなと思ってたんですよね。あとは、この店では使いにくい新しい酵母も使ってみたかったからかな。
― それで2店舗めを やってみてどうでしたか?
内籐・・・バケットはかなりの本数を焼けるようになりました。クリスマスシーズンには200本ぐらい焼いてますよ。それと、2店舗やってみてはじめてわかったのは、場所が変わると同じ味がなかなか出せないこと。生地の張りも違うし。最初はどうしてかわかんなくて…いろいろ試してみて、やっとわかったんです!
― 何が原因だったんですか?
内籐・・・水です。水を変えたらよくなった。水は大事なんだと思いましたね。
― 水ですか。それはなかなか気づきませんよね。それから、2店舗めでは、新しい酵母を使いたかったということですが…
内籐・・・こちらの店は厨房が狭いので、酵母が混ざるとよくないなと思って、使い分けることにしたんです。こちらではレーズン種、ルヴァン種、フランス製のルヴァン種、Nativeのほうでは麹種などを使っています。
― なるほど~。ここで話は少し戻りますが、さきほどのバゲットについて詳しく伺いたいです
アリスさんのバゲットはレストランのシェフたちの絶大な支持を得てますよね。内籐さんにもバゲットは思い入れの深いパンだと思うんですが。
内籐・・・そうですね。少し前まで、センターテーブルの一番目立つところ、右端に置いてました。最近はその場所じゃないんですが(笑)。
― 何か心境の変化が?
内籐・・・特別な気負いがなくなったんでしょうかね。今はスタッフが並べるままにしてあります。
― 気負いがなくなったというのは、製法を確立してしまったから?
内籐・・・いや~確立してしまうなんてことはないですね。バゲットにも時代の流れがありますから、それも考えて作っていかないと。昔と今では全然違うんですよ。そういえば、20年前の修業時代、バゲットの仕込みで失敗したことがあったんです。僕はすっごくいい出来だなと思ったんですが、先輩には「こんなのダメだ」と怒られてしまった。でも、今はその時失敗したようなバゲットがいいと言われているんです。
― 昔と今のバゲットではどんな違いがあるんですか?
内籐・・・今いいとされてるのは、パン生地が少し”弱い”もの。昔に比べてイーストの量も3分の1ぐらいになってます。でも、どちらもそれぞれよさがあるから、どちらがいいとは言い切れないんです。今のは小麦の香ばしい甘みが出しやすい製法ですが、昔に比べるとボリュームは小さくなります。
でも、そうした評価は決まったものじゃなくて、逆に今よくないとされてるものが10年後に流行ることもあるんです。
― パンの流行にもすごく変動があるんですね
内籐・・・実はそうなんです! それと、パン作りって、失敗した時にいい発見があるんですよ。
修業時代にこんなこともありました。デニッシュを作る時のバターの折り込みは通常27層なんですが、ある時、間違えて9層で焼いてしまった。すると層がバリバリと固い食感になったんです。
その時「すげぇ、いいな」と思いましたね。27層だとサクサクの食感が、9層だとバリンバリンになる。その9層のデニッシュが今、こだわりのパン屋で流行っているんですよ。
― その両方を食べ比べてみたい
内籐・・・両方とも味はおいしいから、要は好みの問題なんです。でも流行は確かにある。
東京のパン業界で有名な人が「今はこんなパン、これからはこんなパン」というと、そういう流れになっちゃうんですよ。
― じゃあ、お店で「今はこのパンなんですよ」と出すと、お客さんはすぐにいい反応をしてくれますか?
内籐・・・バゲットの場合は、以前のものより小さくなったから、最初は「小さい、空洞が多い」と怒られましたね(笑)。流行がお客さんに受け入れられるまでには結構時間がかかるんです。
― 受け入れられたら、また次の流行が…
内籐・・・そうやって繰り返されていくんですかね。
(つぎに続きます!)