●内籐直樹さんのプロフィール
1961年、広島県出身。
カワイ楽器の調律師として金沢に赴任。
パン屋でのアルバイトをきっかけにパン職人になることを決意。
「ドンク」での修業を経て、
’92年に「アリスファームキッチン」を開業。
趣味はピアノ演奏。
― これからやっていきたいパンってありますか?
内籐・・・「もっといいもの作りたい」という気持ちは常にあるけど、どちらかというと増やすより絞っていきたいです。今、約70種類のパンがあるんですが、すべて納得がいってるかというとそうはいえない。種類を厳選して、突き詰めていきたいと思うこともあります。パンの材料もいろいろ入れるより、最小限の材料で発酵とかを工夫していきたいほう。
でも、いろんな事情があってなかなかそうもできないんです。
― というと?
内籐・・・それぞれのパンにお客さんがついてるから。突然やめると「あのパンなくなったんですか?」と言われて、「あのパンにもお客さんがついてたんだ!」と驚くこともあります。趣味じゃなくて仕事だから、自分が好きなものだけを作ればいいってものではないし、お客さんの要望も反映させていきたいからね。
パンのラインナップも、こだわったパンだけより、いろんなパンがあったほうが楽しいし、そのほうがお子さんやお年寄りにも喜んでいただけるし。そのへんの微妙なバランスが難しいですよね。
種類豊富なパンは選ぶ楽しさがあり、
新しいパンと出会えるのも魅力
― パンを厳選していきたいと思い始めたのはここ最近ですか?
内籐・・・ここ数年、パンについて考える時間もできて、自分のやりたいこともなんとなく明確になってきてる気がしますね。
― 具体的には?
内籐・・・できれば、フィリングをすべて自家製にしていきたい。今はまだなかなか難しいんですが。あと夢みたいな話だけど、鶏を飼い、小麦畑を耕作して、その自家製卵や小麦を使ったパンを焼いていくとか。究極の理想ですけどね。
― 素材からすべて手作りのパン屋さんですね
内籐・・・以前、厨房で人をたくさん雇ってた頃もあったんですが、いろいろな面でキツくて、そういうのは向いてないとわかったんです。自分は本来ひとりでやりたいタイプだって。でも、実際にひとりでやるとまたキツかったりして(笑)。
― そんな”ひとりで素材からすべて手作りのお店”が実現する可能性はあるんですか?
内籐・・・やろうと思ったらやっちゃうけど、すごく趣味的なお店になるから、今はまだやりたくないですね。120才ぐらいになったらやってみようかな(笑)。
― それはまたずいぶん先のことを
でもパン屋さんには、自分ひとりで焼いたこだわりのパンを置く小さな店志向の人と、店内にカフェを併設してお客さんとコミュニケーションしながらやりたいという人がいますね。
内籐・・・僕はカフェには全く興味ないなぁ。店では、酵母以外目配りできないもん。酵母についてまだまだ実験や研究していかなきゃいけないし。
― 内籐さんは、毎日ただひたすら素材と酵母に向き合っていくようなパン屋さんにしたいんですね。
内籐・・・あぁ、いいですね~。店の裏には鶏がいて、畑もあって、湧き水もあればいうことなしです。かなり原始的な店ですよね(笑)。僕、パソコンもしないし、携帯も好きじゃないし、完全にアナログな人間なんですよ。
― 確かに酵母ってアナログですよね。毎日同じようにならないし。そこが面白いんですかね。
内籐・・・かもしれない。いつまでたっても全部つかめないというころが面白い。ピアノの調律にしたってそうですしね。どちらも奥深いですよ。
「アリスファームキッチン」では日替わりでバラエティ豊かな天然酵母パンが楽しめる。
左はカシューナッツ入りのライ麦ブレンド天然酵母パン。右のパンは黒糖のほのかな甘さが魅力。
― だから飽きないんですね。
内籐・・・それに、毎日向き合ってないと酵母とはつきあえないですよ。それだけで精いっぱいなんです。
― じゃ、カフェどころか、オープン厨房も考えてないんですね。
内籐・・・そうですね。なるべくなら、粉まみれの厨房はお客さんに見せたくないし。
でもこちらからは時々見てるんですよ、お客さんの目線や表情とか。
「今日はお目当てのパンがないなぁ」みたいな顔を見ると、「これじゃいけない」と気が引き締まります。
― お客さんは一方的に見られているわけですね でも確かに私たちは、それぞれの目的で、「今日はあれを買おう」とか「あれがあるといいな」と期待してお店に行きますもんね。そのパンがなかったら、表情にもろに出てるかも。
(つぎに続きます!)